Story

能登の揚げ浜塩とは——日本でここだけ、500年続く製塩法の物語

2026-07-15

日本で塩田を見たことがある人は、ほとんどいないと思います。かつて全国の海辺にあった塩田は、製塩の近代化とともに姿を消しました。

ただ一か所を除いて。

石川県珠洲市、能登半島の先端に近い仁江海岸。ここに、日本で唯一「揚げ浜式製塩」を続ける塩田が残っています。

500年、海水を汲み続ける

揚げ浜式製塩の始まりは、およそ500年前の室町時代末期と伝えられています。加賀藩が「塩手米制度」で製塩を保護したこともあり、奥能登の海辺では連綿と塩づくりが続いてきました。

製法は、驚くほど原始的です。

  1. 海から桶で海水を汲み上げ、砂を敷いた塩田に均等に撒く
  2. 太陽と風が水分を飛ばし、塩分が砂に付着する
  3. その砂を集めて海水で洗い、濃い鹹水(かんすい)をとる
  4. 鹹水を平釜で約6時間炊き上げ、さらに約18時間かけて仕上げる

ポンプも電気も使いません。天気を読み、砂を返し、火を守る。この一連の仕事を担う職人は「浜士(はまじ)」と呼ばれます。国の重要無形民俗文化財であり、「能登の里山里海」として世界農業遺産にも数えられる、生きた文化財です。

なぜ、まろやかなのか

揚げ浜塩をなめると、最初に驚くのは「塩辛くない」ことです。

正確には、塩けの向こうに甘みと旨みがあります。理由は、海水に含まれるマグネシウム・カリウム・カルシウムなどのミネラルを取り除かずに仕上げるから。塩化ナトリウムだけを取り出した精製塩が「一つの音」だとすれば、揚げ浜塩は「和音」です。

だから、おにぎりが変わります。トマトが変わります。天ぷらの付け塩にすれば、素材の甘みがすっと立ち上がります。料亭や一流シェフに愛用者が多いのは、この「素材を引き出す和音」のためです。

一袋の塩に、浜の一日が入っている

奥能登塩田村の「揚げ浜塩」は、量産できません。天候に左右され、ひと釜の塩ができるまでに丸一日以上かかります。

小さな一袋には、浜士が海へ下りた朝と、砂を返した昼と、釜の火を守った夜が、そのまま入っています。2024年の能登半島地震では塩田も大きな被害を受けましたが、浜士たちは塩づくりを再開しています。この塩を選ぶことは、500年の文化の「次の一年」を支えることでもあります。

まずは塩むすびで

揚げ浜塩を手に入れたら、最初の一食は塩むすびにしてください。炊きたてのごはんと、この塩だけ。

それが、能登への旅の一歩目になります。

よくある質問

揚げ浜式製塩とは何ですか?

海水を桶で汲み上げて砂の塩田に撒き、太陽と風で濃縮した鹹水(かんすい)を平釜で炊き上げる、日本最古級の製塩法です。約500年前から石川県珠洲市の仁江海岸に伝わり、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

揚げ浜塩は普通の塩と何が違いますか?

海水のミネラルをそのまま残して作るため、マグネシウムやカリウムを豊富に含み、塩けの角がないまろやかな旨みがあります。精製塩(塩化ナトリウム99%以上)とは味の複雑さが大きく異なります。

揚げ浜塩はどこで買えますか?

石川県珠洲市の奥能登塩田村(道の駅すず塩田村)で購入できるほか、Amazonなどの通販でも取り扱いがあります。生産量が少ないため、見つけたときが買いどきです。

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