酢の物を作ろうとして瓶を開けた瞬間、鼻にツンとくる。酢が苦手という人の多くは、この刺激を苦手にしています。
ところが、同じ「米酢」でも刺激の強さはずいぶん違います。中には、なめても角を感じないものがあります。差はどこで生まれるのでしょうか。
ツンとくるのは、酢酸が飛ぶから
酢の酸味の主役は酢酸です。この酢酸には揮発性があり、空気中に飛んで鼻に抜けます。あの刺激は、舌で感じる酸味ではなく、鼻で感じている刺激だと言われています。
ただ、酸度が同じでも刺激の感じ方は一定ではありません。酢の中に酢酸以外の成分——アミノ酸や他の有機酸、糖分など——が豊かに含まれていると、酢酸の刺激が覆われて穏やかに感じられるとされています。
つまり「まろやかな酢」とは、酸が弱い酢ではなく、酸のまわりに他の味がある酢のことです。そしてその成分の量は、発酵にかけた時間で大きく変わります。
1日でできる酢と、3ヶ月かける酢
酢は、アルコールを酢酸菌が酢酸に変えることで生まれます。この酢酸菌の働かせ方に、二つの道があります。
ひとつは速醸発酵です。タンクの液に空気を強制的に送り込み、酢酸菌を液全体で活発に働かせます。効率がよく、条件が整えば1日程度で酢ができるとされています。安定して大量に造れるため、現在の主流はこの方法です。
もうひとつが静置発酵です。液を動かさず、液面に自然に張った酢酸菌の膜に発酵を任せます。膜の下でゆっくり進む発酵は、数ヶ月を要することもあります。手間がかかり、生産量も限られます。その代わり、この長い時間のあいだに米由来のアミノ酸や香りの成分が残り、酸味の輪郭がやわらぐと言われています。
原材料表示に「米」だけが書かれた純米酢で、なおかつ静置発酵や長期熟成をうたうもの。まろやかな酢を探すときは、この二つを目印にすると外しにくくなります。
とば屋 壺之酢——御食国・若狭で300年
福井県小浜は、古代から朝廷に食材を献上してきた「御食国(みけつくに)」。京へ鯖を運んだ鯖街道の起点でもあります。
この食の要衝で、とば屋酢店は宝永年間(1710年頃)から300年、酢だけを造り続けてきました。原料は福井県産コシヒカリと湧き水。昔ながらの壺(甕)に仕込み、3ヶ月以上かけて静かに発酵させる静置発酵を守っています。速醸の酢が1日でできる時代に、壺の中の時間を待ち続けているわけです。
できあがる酢は、ツンとした刺激が少なく、驚くほどまろやか。酢が苦手だという人にこそ試してほしい一本です。
まろやかな米酢の使い方
- 酢の物に。薄めずそのままでも角が立ちません
- 寿司飯に。米の甘みと酸味がなじみます
- 南蛮漬け・マリネに。旨みがあるので、だしのような厚みが出ます
- ドレッシングに。油の量を減らしても酸が尖りません
- 水や炭酸で割って飲む。刺激が穏やかなぶん飲みやすくなります
酢は「酸っぱさ」だけの調味料ではありません。時間をかけた一本に替えると、酢の物が「酸っぱい料理」から「旨みのある料理」に変わります。
よくある質問
酢のツンとした刺激は何が原因ですか?
主な原因は酢に含まれる酢酸です。酢酸は揮発性があるため、鼻に抜ける刺激として感じられます。同じ酸度でも、アミノ酸や他の有機酸、糖分などが多く含まれる酢は刺激が和らぎ、まろやかに感じられるとされています。
静置発酵と速醸発酵の違いは何ですか?
酢酸菌を働かせる方法が違います。速醸発酵は液に空気を強制的に送り込んで発酵を促し、短期間で酢ができます。静置発酵は液面に張った酢酸菌の膜に任せて静かに発酵させるため、数ヶ月かかることもあります。時間をかけるぶん、味の成分が複雑になりやすいと言われています。
まろやかな米酢はどう選べばよいですか?
原材料表示を見るのが確実です。「米」だけで造られたものは純米酢と呼ばれ、米の使用量が多いほど旨みが出やすくなります。あわせて「静置発酵」「壺仕込み」「長期熟成」といった製法表記があるものは、酸味が丸い傾向があります。
