Story

薬ではなく、食で。潰瘍性大腸炎から生まれた千葉・香取の柿酢「柿の神髄」

2026-08-01

体の調子を崩したとき、食べるものを見直そうと思ったことはないでしょうか。

千葉県香取市に、宮嵜博之さん・和美さん夫婦がふたりで営む小さな醸造所があります。酢之宮醸造所。つくっているのは柿酢です。原料は柿のみ、水は一滴も加えません。四季のリズムにまかせて発酵させ、そこから3年以上寝かせます。

この酢は、博之さんが自分の病気と向き合った時間から生まれました。その原点と、手間のかかる製法を貫く理由を伺いました。

薬が効かなくなって、たどり着いたのは食だった

——柿酢と出会われたのは、伊豆の食養の道場だったと伺いました。

そうです。私はもともとシステムエンジニアで、その後は街づくりの会社にいました。食の世界とはまったく関係のないところにいたんです。

20代の後半で潰瘍性大腸炎が見つかりました。薬を飲んでいたのですが、だんだん効かなくなって、悪くなる一方で。妻の実家の縁で、伊豆にある食養家・秋山龍三先生の道場を紹介してもらいました。そこで教わったのが柿酢だったんです。

——どのような食生活だったのですか。

毎日お猪口一杯の柿酢を飲んで、あとは玄米と魚と野菜。それだけです。半年ほど続けたころに、少しずつ変わってきた感じがありました。

——半年で変化があった。

兆しが見えたのが半年です。「腸の炎症の跡がキレイになっている」と言われるまでには3年かかりました。完全に治ったと言えるまでは5年です。すぐに何かが起きたわけではありません。

——ご自身の体験を仕事にしようと思われたのは、いつ頃ですか。

自分の体を壊したこと自体、結局は自分の自己管理の至らなさなんですよね。そういうことを経験して、このオフィスをつくりたいということになったのは、自分の体を守る、そして家族の体を守るという延長上なんです。それをお客様に届けたいということなので。

薬ではなく食で癒えるという道が、確かにある。同じ病気で悩んでいる人に、その選択肢を伝えたかった。それが始まりです。

2013年に香取市から営業許可を取りました。今年で10年目になります。

なぜ、香取だったのか

——もともとは埼玉で醸造されていたと伺いました。

そうです。埼玉から香取に移ってきました。

——別の候補地もあったのでしょうか。

長野県の上田市を考えていました。きっかけは、長野は食育がすごく盛んだという話を聞いたことです。児童が荒れてしまった小学校で、給食を和食中心に変えたら、子どもたちが落ち着いた性格になったという。

——食べるもので、人が変わったと。

そういう土地でやりたいと思ったんです。ただ、上田は寒いんですよ。寒いと発酵が進まない。それで諦めました。

——最終的に香取を選ばれた理由は。

ひとつは私の実家が近かったこと。それと、この土地です。香取神宮が近くにあって、土壌も地域の気もいい。土地や空気にいる細菌がいいから、美味しく発酵してくれるんです。

——土地によって、そんなに違うものですか。

違います。ここに越してきて最初の年に、前と同じ作り方でやってみたんです。そうしたら半分失敗しました。同じ作り方をやっても、ここでは全然失敗しちゃうんですよ。

——同じ手順でも結果が変わる。

そういうものなんです。だから土地は選びました。

原料は柿だけ。水を一滴も加えない

——数ある果物の中で、なぜ柿なのですか。

柿は糖度が12度から14度あって、発酵したあとのアルコール濃度が6〜7%になります。これが酢酸発酵にちょうどいいバランスなんですよ。だから何も足さなくていい。自然発酵が完全単体でできるのは柿だけだと思います。

——水も加えないのは、そのためですか。

加える必要がないんです。JASの規格では、果汁が300mLあれば「100%果汁」と表示できます。でもうちは水も酵素材も一切使いません。柿だけです。

——柿はどちらから。

茨城の霞ヶ浦周辺の柿農家さんです。もう10年ほどのお付き合いになります。2024年は酷暑とカメムシと雨で、例年の半分くらいしか採れませんでした。年によって、まったく違います。

——仕込みはどう進むのでしょうか。

秋に柿が入ってきたら、ヘタを取って、洗って、天日で干します。それから種も皮も一緒にカットしてタンクに入れる。この仕込みが3週間くらいで、その間は毎日8時半から17時半まで作業です。

そこからは柿に付いている酵母が勝手に働いて、糖分をアルコールに変えていきます。秋から冬にかけて、柿はぐずぐずにとろけたようになります。

——春になると。

酢酸菌が舞い降りてくるんです。その前に酒袋にもろみを入れて、手で搾ります。搾った液は、酵母の香りがする、いわゆる柿ワインですね。気温が上がってくると、そこに酢酸菌が働いて、お酢に変わっていきます。

※もろみ=発酵中の柿がどろりとした状態になったもの。ここから液体を搾り出します。

——一般的な柿酢は4ヶ月ほどで完成すると聞きます。

うちは8月まで発酵の期間を置きます。そのあと3年以上熟成させます。時間でしか出ない深みとコクがあるので。

最初のころは柿の尖った風味というか、エネルギーの塊みたいな感じで、酸が立っています。それが寝かせるうちにまろやかになっていく。

——温度の管理はされているのですか。

していません。人工的に温度を操作せず、四季のリズムにまかせています。年によって酢酸菌のバランスも変わりますし、タンクが切り替わった段階で味が変わるというのも大前提です。

——濾過も火入れもしないと伺いました。

濾しすぎると、酵素も酢酸菌も旨味も出ていってしまいます。だから濾さないし、熱も加えません。生きたままです。表面に酢酸菌の膜が張ることがありますが、食べていただいて問題ありません。

——生きている、というのは。

賞味期限を、うちは基本的に設けていないんです。生きてるので。汚くなることもないですし、品質が悪くなることもない。旨味にしかならないんですよ。

——成分表を公開されていないのは、なぜですか。

あえて出していないんです。柿の成分表ってあるじゃないですか。あれを全部足したら柿ができるのかというと、できないじゃないですか。

——確かに、できないですね。

そうじゃない部分で出来上がっているものなのに、成分だけ言ったところでどうするの、という話なんです。結局、まだ人間が分かっていない部分の中で自然界が成り立っている。それが大前提なので。今わかっている成分だけを並べても、見えないところの良さは伝わりません。

たくさんの人に知ってもらうことが、最終目的ではない

——いちばんのお客様は、どんな方ですか。

和美さん:食に対する意識の高い方と、ご家族のことを考えている方が多いですね。自分もそうだけど家族に、という方もいらっしゃいます。

10年やってきて、お客様からクレームをいただいたことがほとんどないんです。自分の意見をちゃんと持っている方、自分で判断ができる方が多いんだと思います。何でもかんでも教えてくれ、とはあまりおっしゃらない。

——選ぶ基準が、成分や効能ではないと。

和美さん:「これが入っているからいい」「こういう効果があるからいい」というお客様は、あまり多くないですね。目に見えない部分の良さを分かってくださる方が対象なので。

——高島屋さんなどでも販売されていますね。

昨日まで高島屋で売っていました。「作ってくれてありがとう」と言ってくださるお客様が、本当によくいるんですよ。

——広く知られることを、あまり目指されていないように感じます。

たくさんの人に知ってもらいたいから、というのが一番最終ではないんですよ。届けるべきところに届けばいいと思っています。

お酢って液体ですから、情報伝達物質なんです。こちらの思いひとつが乗ってしまう。「腐るけど、まあいいか」みたいな気持ちでやっていたら、そういう情報がどんどん行ってしまいます。

——それは、お客様に伝わるものですか。

伝わります。お客様からも「そちらの思いが伝わってきます」という声をいただくので。言葉にしなくても、届け方ひとつで、あるいは飲んだときの感覚で伝わるものがあるんだと思います。

なお、和え物やピクルス、餃子などの肉料理に合わせる使い方は和美さんの考案によるもの。刺身にスプレーで吹きかける食べ方も教えていただきました。

病を経て、体の内側に意識を向けたい人へ

——夫婦おふたりで、年間2トンほどの生産量と伺いました。

タンクは5基あって、そのうち4基が動いています。決して多くはありません。

——これから、どんな方に届いてほしいですか。

病気を経て、体の内側に意識を向けたい人に届けたい。

日常の美味しいものを楽しみながら、自分の体が健やかに包まれたらいいな、と。みんながみんな、こちらのスタンスに共感してもらわなくても結構なんです。

ただ、一番大事なのは、人間も自然の一部ですから、そのもとで生活させていただいている、その感謝の念だけは絶対に忘れちゃいけない。それを届けたいというのが、背景にはあるんですよ。自分たちが生かされているということを、生活の中で感じてもらえたらいいなと思います。


柿だけを、水も足さずに、三年。効率だけを考えれば、選ばない道です。

それでも宮嵜さん夫婦は、届くべきところに届けばいいと言い切ります。まずは食卓に置いて、いつもの一皿に数滴。そこから始まる味だと思います。

【酢之宮醸造所】 千葉県香取市新部474-1 公式サイト:https://kakisu.com オンラインショップ:https://sunomiya.stores.jp/

よくある質問

柿酢はどんな味ですか?

熟成が進むとまろやかになり、ツンとした刺激が少ないのが特徴です。酢之宮醸造所の「柿の神髄」は3年以上熟成させるため、酸に角のない味わいになります。酸味が苦手な方は、納豆や餃子のたれ、唐揚げなどに数滴かける使い方から試すのがおすすめです。

なぜ柿だけで酢ができるのですか?

柿は糖度12〜14度、発酵後のアルコール濃度6〜7%と、酢酸発酵にちょうどよいバランスを持っています。そのため水や糖を足さずに、柿だけで発酵させることができます。酢之宮醸造所の宮嵜博之さんは「自然発酵が完全単体でできるのは柿だけだと思う」と話しています。

「にごり酢」とは何ですか?

濾過や加熱(火入れ)をしていない、濁ったままの酢のことです。酢酸菌や酵素が生きた状態で残ります。表面に酢酸菌の膜が張ることがありますが、品質に問題はなくそのまま食べられます。

この記事で紹介した一本

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