まずはこの2本


横浜の開港は、日本の食に外からの技術と食材を持ち込みました。西洋料理と中華料理が根づき、揚げる・炒めるという調理法が日常に入ってきます。
油の需要が生まれたのはこの流れのなかでした。胡麻を搾る技術自体は古くからありましたが、街の料理が変わったことで使い道が広がります。港町の食は、外の文化を受け止めた形をしています。
- 開港がもたらした揚げる・炒める調理
- 街の料理の変化が広げた胡麻油の用途
神奈川の調味料は「開港」と「中華街」から出ている
神奈川の食は、安政6年(1859年)の横浜開港を境に大きく変わりました。西洋料理と中華料理が入ってきて、揚げる・炒めるという油を使う調理が街の日常に加わります。これに応じて胡麻油の需要が広がりました。
横浜中華街の料理人に長く使われてきたのが、地元・横浜市神奈川区で搾られる岩井の胡麻油です。看板の「金口」は胡麻を浅めに焙煎して圧搾する製法で、香りは強すぎず澄んでいます。深く煎って香りを立てる路線ではなく、素材の味を邪魔しない上品な香りに留めるのが横浜流です。中華の炒めもの、江戸前の天ぷら、家庭のナムルまで、料理の輪郭を作る油として港町で受け継がれてきました。
岩井の胡麻油は横浜開港の2年前に生まれた
岩井の胡麻油の創業は安政4年(1857年)、横浜が開港する2年前のことでした。明治26年(1893年)からは横浜市神奈川区で胡麻を搾り続けており、170年近く港町とともに歩んできた製油所です。
開港とともに中華街が形づくられ、西洋料理店が並び、街の食に油が根づいていきました。中華の炒めもの、江戸前の天ぷら、明治以降の洋食まで、油を使う調理が広がるなかで、地元・横浜の胡麻油がその需要を受け止めてきたとされています。焙煎を深くしすぎず、素材を邪魔しない澄んだ香りに仕上げる岩井の流儀は、多国籍の味が同居する横浜の食に合う立ち位置に置かれてきました。
郷土料理と調味料
- サンマーメン
- 横浜中華街で生まれたとされるご当地麺料理です。醤油や塩ベースのスープに、もやしと肉のとろみあんをかけます。「生馬麺」と書き、シャキシャキした新鮮な具材を意味する広東語に由来するとされています。醤油と胡麻油の使い方で味の輪郭が決まります。
- 牛鍋
- 明治初期、開港後の横浜で流行した肉料理です。牛肉を醤油・砂糖・みりんなどの割り下で煮ます。関東のすき焼きの原型のひとつとされています。
- けんちん汁
- 鎌倉の建長寺で生まれたとされる精進の汁物です。ごぼう・大根・にんじん・豆腐などを胡麻油で炒めてから、だしと醤油で仕立てます。名前は「建長寺汁」がなまったものと伝えられています。
神奈川県の蔵元・醸造元
- 岩井の胡麻油安政4年(1857年)創業
横浜市神奈川区で胡麻を搾り続ける製油所です。明治26年から現在の地で操業しています。浅めに焙煎して圧搾する「金口」を看板に、素材を邪魔しない澄んだ香りの油を出しています。黒胡麻だけで搾った「横濱純正黒胡麻油」は横浜開港祭に合わせて生まれた一本です。
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