まずはこの2本


群馬は小麦がよく穫れる土地で、うどんやすいとんが日常の食でした。焼きまんじゅうに甘い味噌だれを塗って炭火で炙るのも、粉と味噌が身近だったからこそ生まれた食べ方です。
こんにゃくの産地でもあります。それ自体に味を持たない食材が主役になるには、絡める調味料の質が問われます。県内に醤油や味噌の蔵が残る背景には、この食習慣があります。
- 焼きまんじゅうに塗る甘い味噌だれ
- 味を持たない食材を主役にする調味料
群馬の味噌だれは、なぜ甘いのか
焼きまんじゅうに塗る味噌だれは、白味噌にざらめや水あめを合わせた甘辛のたれとされます。小麦のふっくらとした素まんじゅうを炭火で炙り、この甘い味噌だれを絡めて食べるのが前橋・伊勢崎あたりの日常でした。粉ものが主食に近い土地だからこそ、そのままでも食べられるほど濃く甘い調味料が求められたのだと言えます。
醤油については、みどり市大間々の岡直三郎商店に、今も木桶がおよそ60本並びます。木桶で仕込む醤油は業界全体の1%ほどとされ、この蔵では有機の国産大豆・小麦を用い、1年以上かけて熟成させた濃口醤油を醸しているとされます。加熱で香りの立つ濃口醤油と、そのまま乗せる甘い味噌だれ。粉と芋とこんにゃくを主役にする群馬の食卓を、この二つの調味料が支えてきました。
1787年、大間々に建った醤油蔵
群馬の醤油の歴史を語るとき、まず名前が挙がるのが岡直三郎商店です。創業は天明7年(1787年)、赤城山のふもとの大間々(現・みどり市)で醤油造りを始め、屋号を「日本一」と掲げてきました。230年以上にわたって木桶による天然醸造を続け、いまや業界全体の1%ほどしか残っていないと言われる木桶を約60本、現役で並べているとされます。
味噌の側では、県内の農産と結びついた仕立てが続きます。西上州の下仁田町で穫れる下仁田ねぎは加熱すると強い甘みが出るねぎで、これを焼いてから群馬県産の味噌と合わせる「焼ねぎ味噌」のように、土地の食材と味噌を組み合わせた品も生まれました。作っているのは北毛のみなかみ町にある丸久物産で、原料の産地と造り手の土地が県内で離れているのも群馬らしいところです。
郷土料理と調味料
- 焼きまんじゅう
- 素まんじゅうを串に刺し、甘い味噌だれを塗って炭火で炙る前橋・伊勢崎の名物で、農林水産省「うちの郷土料理」にも収録されています。江戸末期の前橋で生まれたとされ、店ごとに味噌だれの甘さと塩気の配合が違います。
- おっきりこみ
- 幅広の生麺を野菜と一緒に煮込む群馬・埼玉北部の郷土料理で、農林水産省「うちの郷土料理」にも収録されています。麺を打ち粉ごと汁に入れるためとろみがつき、味噌仕立てにも醤油仕立てにも作られてきました。小麦の産地らしい、汁と麺が一体になる食べ方です。
- こんにゃくの田楽
- 群馬はこんにゃく芋の生産量が全国の大半を占めるとされ、こんにゃくは県内で最も身近な食材の一つです。串に刺して炙り、木の芽や柚子を混ぜた練り味噌を塗る田楽は、味噌の力で「味を持たない食材」を主役に変える一皿です。
群馬県の蔵元・醸造元
- 岡直三郎商店天明7年(1787年)創業
みどり市大間々の醤油蔵です。屋号は「日本一」。木桶による天然醸造は業界全体の1%ほどとされ、この蔵にはその希少な木桶がおよそ60本並びます。国産の有機大豆・小麦を用い、1年以上かけて熟成させた濃口醤油を醸しているとされます。 - 丸久物産昭和37年(1962年)創業
みなかみ町の食品メーカーです。加熱すると強い甘みが出る下仁田ねぎを焼き、群馬県産の味噌と合わせた「焼ねぎ味噌」のように、県内の農産と味噌を組み合わせた仕立てを手がけています。
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