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茨城県の風景(袋田の滝)
Food Culture

茨城県の調味料

霞ヶ浦の水運が、江戸へ運んだ。

袋田の滝Photo: TANAKA Juuyoh (田中十洋) / CC BY 2.0

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まずはこの2本

柴沼醤油 紫峰
茨城県 / 土浦醤油木桶仕込み
柴沼醤油 紫峰
「創業330年、木桶が生きる関東三大銘醸地の看板。」
¥765 / 1L
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黒澤醤油 富士寿 かつおだし醤油
茨城県 / ひたちなかだし木桶仕込み
黒澤醤油 富士寿 かつおだし醤油
「木桶で醸した醤油に、土佐の本枯節を。かけるだけで決まる一本。」
¥918 / 1000ml
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霞ヶ浦と利根川の水運は、内陸で造ったものを江戸へ届ける道でした。土浦はその要にあたり、江戸期から醤油の醸造が続いています。

大豆と小麦が穫れ、仕込みに使う水があり、消費地へ運ぶ舟があった。醸造が根づく条件がひととおりそろっていた土地です。水戸の納豆をはじめ、大豆を発酵させて食べる文化も厚く残っており、豆と麹をどう扱うかがこの土地の食を決めてきました。

茨城の醤油はなぜ旨みが濃いのか

茨城の濃口醤油は、きりっとした塩気の奥に旨みが立ちます。刺身につけると輪郭がはっきりし、煮物や照り焼きでは少量でぴたりと味が決まります。

この濃さを支えているのが木桶です。土浦の柴沼醤油醸造では、江戸・明治・大正それぞれの時代に建てられた蔵と木桶が今も現役で使われています。桶の内側には何十年、何百年とかけて棲みついた菌がおり、その働きでもろみが発酵と熟成を繰り返すことで、独特の旨みとコクが生まれるとされます。ひたちなかの黒澤醤油も杉の木桶で天然醸造を続けており、蔵付きの微生物に任せる造りを変えていません。

土台が木桶仕込みだと、だしを合わせたときの香りの伸び方も変わります。だし醤油というと手軽さのための調味料と見られがちですが、茨城のそれは醤油そのものの厚みが前提にあります。

忘れられた銘醸地・土浦

醤油の産地といえば銚子と野田の名が挙がります。ただ江戸時代には、この二つに土浦を加えて「関東三大銘醸地」と呼ばれていました。霞ヶ浦と利根川の水運が江戸へ運ぶ道になり、大豆と小麦が穫れ、仕込みの水もある。醸造の条件がそろった土地でした。

柴沼醤油醸造は元禄元年(1688年)、初代・柴沼正左衛門による創業と伝わります。看板の「紫峰」は、蔵から望む筑波山の別名から採られた名です。かつて栄えた土浦の醤油屋のうち、現在も醸造を続けているのはこの一軒だけとされます。ひたちなかの黒澤醤油は明治38年(1905年)から続く蔵です。

三大銘醸地の一角でありながら、土浦の名が知られていないのは、残った蔵の数の差によるところが大きいと言えます。

郷土料理と調味料

そぼろ納豆
割り干し大根と納豆を塩漬けにした県央・水戸の保存食です。江戸時代、台風前に穫れる早生小粒大豆を活かす工夫として納豆づくりが盛んになり、それを日持ちさせるために生まれたとされます。塩で漬けたあと、醤油か納豆のタレで味をととのえます。
あんこう鍋・どぶ汁
冬の県北を代表する鍋です。どぶ汁は水を使わず、大根などの野菜とあんこうの肝、味噌だけで煮ます。肝が溶け出して汁が濁ることから名が付いたという説があります。味噌があんこうの脂を受け止める、水の要らない仕立てです。
しもつかれ
大根や人参を鬼おろしですりおろし、炒り大豆と鮭の頭を酒粕とだし汁で煮込む、県西に伝わる料理です。栃木と共通する食文化で、独特の風味から好みがはっきり分かれます。

茨城県の蔵元・醸造元

この土地を掘り下げた読みもの

「むらさき」の産地は土浦|柴沼醤油・元禄元年創業「紫峰」の話
江戸で「むらさき」と呼ばれた醤油が、どこで作られていたか。銚子・野田と並んで「関東三大銘醸地」と呼ばれた茨城・土浦、元禄元年(1688年)創業で今も木桶仕込みを続ける柴沼醤油醸造と看板商品「紫峰」、そして符丁として広まった経緯と客側の使い方の距離感まで、産地の側から整理します。
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