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富山県の風景(雨晴海岸と立山連峰)
Food Culture

富山県の調味料

北前船が置いていった、昆布の記憶。

雨晴海岸と立山連峰Photo: くろふね / CC BY 4.0

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まずはこの2本

四十物昆布 黒とろろ
富山県 / 黒部だし無添加
四十物昆布 黒とろろ
「昆布消費日本一の富山流。お湯を注げば、即席の海。」
¥1,660 / 37g×3袋
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石黒種麹店 生こうじ(真空)
富山県 / 南砺・福光無添加
石黒種麹店 生こうじ(真空)
「北陸唯一の種麹屋が、こうじ蓋で育てた真っ白な生こうじ。」
¥915 / 400g
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富山は昆布の消費量が全国でも群を抜いて多い土地です。昆布の産地ではないのに、です。理由は北前船にあります。江戸から明治にかけて蝦夷地と大阪を結んだ航路の寄港地となり、北海道の昆布が大量に荷揚げされました。

運ばれた昆布は土地の食べ方を変えました。刺身を昆布で挟む昆布〆、おにぎりを巻くとろろ昆布。産地から遠いはずの富山湾沿いに、昆布を日常づかいする食文化が根を張っています。

昆布のうま味と麹の甘み

富山の味の中心にあるのは、昆布のうま味と麹の甘みです。昆布は日常のだしとして使われ、汁物や煮物、漬物にまで入り、とろろ昆布や昆布〆のように昆布そのものが料理の主役になる場面も多く見られます。

もう一つの軸は麹です。北陸は雪深く寒仕込みに向く気候で、味噌・甘酒・塩こうじといった麹の調味料が家庭に根づいてきました。北陸の醤油は関東ほど塩辛くならず、やや甘みを感じる仕上がりのものが多いとされ、昆布だしと合わせて澄んだ味に落ち着きます。

北前船と昆布ロードの終着点

富山の食文化を作った大きな要因は、北前船です。江戸中期から明治にかけて、蝦夷地と大阪を日本海回りで結んだ航路の寄港地となり、北海道の昆布が大量に富山へ荷揚げされました。ここから薩摩や琉球、清国へと昆布が運ばれた道筋は「昆布ロード」と呼ばれ、富山はその中継点として昆布消費量が全国でも群を抜く土地になったとされています。

醤油や味噌の発祥そのものは史料が断片的で、はっきりしない点も多いとされます。一方、南砺市福光では江戸文政年間から麹づくりが続き、種麹屋としては明治28年(1895年)に石黒種麹店が創業しました。北陸で唯一の種麹屋として、地域の味噌・甘酒・塩こうじの元となる麹菌を今も供給しています。

郷土料理と調味料

昆布〆(こぶじめ)
白身魚の刺身を昆布で挟み、一晩置いて昆布のうま味を魚に移す料理です。北前船が運んだ昆布が根づいた富山ならではの食べ方で、農林水産省「うちの郷土料理」にも紹介されています。
とろろ昆布のおにぎり
海苔の代わりに、とろろ昆布でご飯を巻く富山流のおにぎりです。昆布を日常づかいする土地の暮らしから生まれた食べ方で、家庭でも売店でも定番になっています。
ぶり大根
富山湾で獲れた寒ブリのあらと大根を、醤油と生姜で甘辛く炊いた冬の家庭料理です。氷見の寒ブリ文化と合わさり、正月や寒い季節の食卓に並びます。

富山県の蔵元・醸造元

この土地を掘り下げた読みもの

生麹と乾燥麹の違い:「種麹屋」がつくる白い麹の話
塩麹や甘酒を仕込むときに迷う「生麹」と「乾燥麹」の違いを、保存性・使う量・仕上がりの面から整理。あわせて麹の上流にある「種麹屋」の仕事と、こうじ蓋製法で育てた富山・石黒種麹店の生こうじを紹介します。
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富山はなぜ昆布消費量日本一? 北前船が運んだ、とろろ昆布の食文化
富山県が昆布消費量で全国上位を占める理由を解説。産地でないのに昆布が根付いた北前船と売薬商人の交易、おにぎりにとろろ昆布を巻く食文化、黒部・四十物昆布の黒とろろを紹介します。
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